奈良簡易裁判所 昭和32年(ろ)20号 判決 1962年7月02日
被告人 赫山基述こと朴基述
大九・三・一三生 無職
主文
被告人を罰金三千円に処する。
被告人が右罰金を完納することができないときは金三百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
本裁判確定の日から二年間右罰金刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
昭和三一年七月三日東田多四郎はその所有者である丹波市農業協同組合から賃借していた天理市大字川原城五三番地の一の宅地(公簿上の面積五七五坪七合四勺、実測約七〇〇坪)のうち東部一〇〇坪のうち北部二五坪の土地(右五三番地の一の宅地のうち東北部二五坪)につき堀田キシヱ及び金泰守を相手取り奈良簡易裁判所に不動産仮処分命令を申請し、(同裁判所昭和三一年(ト)第三五号事件)、同裁判所は同年七月七日右申請を容れ、「天理市大字川原城五三番地の一の土地の内東北部二五坪に対する被申請人等の占有を解き申請人の委任する奈良地方裁判所々属執行吏にその保管を命ずる。被申請人等は右土地を他人に転貸し又は右地上の工作物を他人に譲渡し若くは使用させ、尚新たに工作物を設置してはならない。執行吏は前各項の趣旨を適当と認める方法を以つて公示すること。執行吏は被申請人等に対して右土地内への立入を許可することができる。」旨の仮処分決定をなし、右申請人東田の委任に基ずいて同日奈良地方裁判所々属執行吏武藤延一は右五三番地の一の土地に赴き、右東田の指示を参照し、その東北部において(荒地)その形は略々矩形の形をし、その北の一辺は右五三番地の一の土地の東隣りの城山義正方家屋の西北端から約一米西の地点と同地点より西に、右土地の北側の東西に通ずる天理市道の幅員約六米の歩道の南端に沿い約八・八六米距つた地点とを結んだ線上に杭を打ち、これを有刺鉄線で結び、東の一辺は右北の一辺の東端の地点(右城山方家屋の西北端から約一米西の地点)と、同地点より南に、右家屋の西端と平行に約九・七五米距つた地点とを結ぶ線上に前同様に杭を打ち有刺鉄線で結び、また西の一辺は右北の一辺の西端の地点と、同地点より南に、同地点の少し西に寄つた地点から南の方向に一列に並ぶ既存の木柵と平行に約九・七米距つた地点とを結ぶ線上に前同様杭を打ち、有刺鉄線で結び、この東西の各辺の南端を結んだ線上に同様杭を打ち有刺鉄線を結んで南の一辺とする一劃の土地を、右仮処分決定に記載のある右五三番地の一の土地のうち東北部二五坪の土地と特定し、かくて特定された右二五坪の土地について右被申請人等の占有を解きこれを自己の占有に移したうえ同土地内の右歩道際の地点に、右仮処分事件の当事者の表示とともに、「一、目的物件天理市大字川原城五三番地の一の土地のうち東北部二五坪、被申請人等は右土地を他人に転貸し又は右地上の工作物を他人に譲渡し若くは使用させ尚新に工作物を設置してはならない。右物件は被申請人等の占有を解き執行吏保管す。何人と雖も之を処分し又はこの公示札を破毀し其の他の方法を以つて公示を無効にしたものは刑罰に処せらる。右公示する。昭和三一年七月七日奈良地方裁判所執行吏武藤延一」と記載して公示した公示札を建てて右土地に対し差押の標示を施したところ、被告人は右土地内に工作物を建築すべく同年七月一四日右土地に赴いたのであるが、その際被告人自身は文盲で右公示札の内容を判読し得なかつたものの、たまたま同所を通りかかつた通行人及び被告人が右建築を依頼した菅野太郎から右公示札の内容を知らされ、右土地内に工作物等を建築する等のことが禁止されていることを知悉したにも拘らず敢て同日頃から同月二八日頃迄の間自らも殆ど連日右執行吏が公示札をもつて差押の標示を施している右土地内に無断立入りし、右菅野等をして同所に建坪約一三坪五合の工作物を建造せしめもつて右標示を無効ならしめたものである。
(証拠の標目)省略
(法令の適用)
判示事実につき 刑法第九六条罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項第一号(罰金刑を選択)
罰金不完納の場合の労役場留置の処分につき 刑法第一八条
刑の執行猶予につき 同法第二五条第一項第一号
訴訟費用の負担の免除につき 刑事訴訟法第一八一条第一項但書
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、本件において奈良地方裁判所々属執行吏武藤延一は奈良簡易裁判所昭和三一年(ト)第三五号不動産仮処分事件の申請人(債権者)東田多四郎の委任により右事件の仮処分決定正本に基ずいて本件係争地につき所謂執行吏保管の執行をなし、この趣旨を公示すべく右係争地内に公示札を建てたのであるが、右仮処分決定はその主文において係争地につき単に「天理市大字川原城五三番地の一の土地のうち東北部二五坪」と表示するに過ぎず、右五三番地の一の土地は公簿上五七五坪七合八勺、実測約七〇〇坪の宅地であるから、図面の添附もない右仮処分決定自体からはその「東北部二五坪」なる係争地は特定し得ず、それ故右仮処分決定は無効であり、かかる無効の仮処分決定に基ずいてなされた右執行もまた無効というべく、従つてたとえ右公示札を引抜き或いは執行吏保管に移された右土地上に工作物を建築しても、封印破棄罪を構成するものではないと主張するので以下この点について判断する。
なる程前掲奈良簡易裁判所昭和三一年(ト)第三五号不動産仮処分事件記録等によれば、判示認定のとおり天理市大字川原城五三番地の一の土地は公簿上五七五坪七合八勺、実測約七〇〇坪の宅地であり、右仮処分決定の主文において右事件の被申請人等(債務者等)の占有を解き申請人(債権者)東田多四郎の委任する奈良地方裁判所々属執行吏にその保管を命ぜられた目的物件は単に右五三番地の一の土地のうち東北部二五坪と表示されているに過ぎず右決定にはこれを特定する図面も添附されていないのであり、しかも右五三番地の一の土地の東北部分は当時概ね一帯に荒地の状態であつたのであり、従つて右仮処分決定からはその主文において執行吏保管を命じた目的物件は特定し得ないものと言わざるを得ない。然し、このように単に目的物件の特定を欠くからと言つて右仮処分決定は、いやしくも裁判である以上当然には無効ということはできないのであり、その後の異議訴訟等で取消されない限りこれは有効というべくたゞ目的物件の特定を欠くため、本来ならばこのままでは執行によつてその内容を実現し得なくなるに過ぎないのである。従つて法律に従い裁判を執行すべき右執行吏としては、その委任を受けたとしても、このような仮処分決定正本に基ずいては執行し得ないものであつて、前掲各証人の証言及び証人尋問調書とによれば判示認容のように右執行吏は現場において右申請人東田に右目的物件たる右五三番地の一の土地のうち東北部二五坪が如何なる範囲のものかを指示させ、これを参照して、この指示のとおりの土地を判示の如く特定して被申請人等の占有を解き、これを自己の占有に移し、右土地内にこれを公示する公示札を建てて差押の標示をなし右仮処分決定の執行をなしたのであるが、かかる執行は不適法なものというべきである。然しながら、いやしくもその職務権限を有する右執行吏が形式的には一応有効な債務名義たる右仮処分決定正本に基ずきなした右執行は仮処分の執行行為として、執行法上その有効、無効は暫らく措き、少くとも執行法上の成立はあるものといい得ること明らかであり、しかも前掲各証拠によれば右特定に際してその指示をなした申請人東田もまた右執行吏も第三者たる被告人の権利を害しようなどという意図は毛頭も有しなかつたことが認められるのであるから(なお、前掲証人尋問調書、証人東田多四郎、同山下義晟の各証言、右東田の検察官及び司法警察員に対する各供述調書、堀田キシヱの司法警察員に対する供述調書、右仮処分事件記録及び実況見分調書によれば、前記の如く特定された右土地は、右東田がその所有者の丹波市農業協同組合から借り受けていた右天理市大字川原城五三番地の一の土地のうち東部一〇〇坪の一部であり、右五三番地の一の土地の東北部に位置し、右申請人東田と被申請人堀田等との間に当時紛争があつて仮処分申請に際しその特定こそしなかつたが右東田としては当初より右の現実に執行に当り特定された土地につき将に前記の如き仮処分決定を得んと望んでいた事実を認め得る。)
右執行行為が執行方法に関する異議等により取消されない限り、右執行吏がその占有取得を公示するため建てた前記公示札は、なお刑法上保護せらるべき差押の標示ということができるのであつて、従つて前掲各証拠により認められる判示認定の如き被告人の所為が封印破棄罪を構成することまた明白であるので、右弁護人の主張は採用しない。
(裁判官 村瀬鎮雄)